1)時代を刷新する会 設立の経緯(昭和56年設立当時の事情)

A)「時代を刷新する会」を設立した前提事情

 岸信介元総理が会長として、この「時代を刷新する会」を創立した事情・経緯については、その前提として、「時代を刷新する会」創設以前に設立されていた、岸信介元総理がやはり会長の「財団法人協和協会」の設立事情にまで遡る必要がある。その詳細は、インターネットで「公益財団法人協和協会」を検索いただき、その中の「岸信介初代会長の設立方針」の項をご覧いただくこととして、ここでは、それを要約したものを以下に記しておく。
 「財団法人 協和協会」についての岸信介元総理の構想の要旨は、「政党・派閥・利害・打算の次元を超えて国家的課題を追求する」点では「時代を刷新する会」も同じであるが、「(財)協和協会の方は、その設立当時はまだ戦前・戦中・戦後の激動期を生き抜いた方々が存命であったことから、先の第二次世界大戦の反省に立ち、その体験を分析しつつ、日本の将来のあり方を考えることにあった。そのために上述のように(財)協和協会の構成メンバーは、戦前・戦中・戦後の激動期に、政・財・官・学・軍・民の各分野で、指導的地位にあった方々を会員対象としたのである。また、その「財団法人協和協会」の活動について、岸信介会長は、当初は月2回、月例会を設けて講師の話を聞き、問題点を洗い出すほか、内部に各種専門の部会・委員会を設けて審議し、その結果、重要と考えられる事項は要請書にまとめ、時の政府へ進言せよ、ということであった。そこで、実務執行役員を仰せつかった清原淳平は、岸信介会長の指示により、まず、教育部会をつくり、次いで科学技術部会、と作って行くわけであるが、その段階で、清原淳平は困ったことを体験した。それは、(財)協和協会のメンバーは、上述のように、戦前・戦中・戦後に各界の指導者クラスの方々なので、月例会でも部会でも、滔々と弁舌は奮われるけれども、それを、要請書なりにまとめるということには、慣れておられない、という点であった。そこで、具体的な案文づくりは結局、清原淳平常務理事が担当していたが、部会・委員会が増えて行くに従い、清原の負担が大きくなっていった。

B)岸信介会長に、清原淳平が、新しい団体の創設を進言する

 昭和56年10月はじめ、清原は、新橋の日本石油本館三階の「岸事務所」に参上し、岸会長に、上記の事情をお話し、「財団法人協和協会」の会員資格を変更するわけにはいかないので、ここは、年齢や地位にこだわらず、学者、教育者、評論家、経済人、技術者などの専門家を中心とする別団体を新しく創設していただきたい、と岸会長に訴えた。頭脳回転の早い岸信介会長は即座に了解された。そこで清原は「新しい団体の名称はどうされますか? また、その法人格はどういたしましょう。(財)協和協会と同じ財団法人としては混同するでしょうし……」と御相談した。
 やや、考えられて岸信介会長は、「清原君、やはり私が会長をしている自主憲法の国民大会のスローガンは何と言ったかな」と聞かれる。そこで清原が「近年は、『憲法を改めて時代を刷新しよう!』としております。」と申し上げると、「それでは、その下を採って『時代を刷新する会』としよう。というのは、その団体は、清原君が言うように、財団法人協和協会がつくる各種部会・委員会に協力して、意見を述べ、要請書を案文化するなど実務をやってもらうわけだが、他方、私が念願する憲法改正案を検討し案文化するには、憲法が、立法・行政・司法・地方自治ほか教育など、広く各種の社会問題の調査・研究が必要となる。そこでだナ、その新しい団体には、憲法改正の案文を検討することにも協力してもらう必要がある、と考えてのことだ」との趣旨のお話があった。清原は、岸信介会長の深い洞察力に感銘し、「分かりました。新団体の名称は『時代を刷新する会』といたします、とお応えした。
 次に、「新団体の、法人格はいかがいたしましょう」と申し上げると、岸信介会長「清原君が言うように、財団法人協和協会と同じ公益法人では混同するだろうナ、それでは、自主憲法制定の方がいわば政治活動だから、政治団体として登録しよう」と言われ、そうした経過から、この団体は、「政治団体 時代を刷新する会」と称することに、決定した次第である。

C)「時代を刷新する会」の政府宛要請書づくりへの多大の貢献

 前述のように、「協和協会」は公益法人、「時代を刷新する会」は政治団体と、法人格が異なるので、役員構成は、岸信介会長、植竹春彦理事長(元郵政大臣) 、清原淳平専務理事のトップ3人は、(財) 協和協会と同じであるが、その他の理事・監事、評議員は重複しないようにし、「時代を刷新する会」の方は、学者、教育者、評論家、経済人、技術者など専門家の中から選んだ(それは、今日でも踏襲している) 。また、毎月の月例講話会も、両団体別途に行っており、経理ももちろん別途である。
 しかし部会・委員会・分科会などは、上述の経過から、両団体が協力しつつ、共同して行っている。ただし、この部会・委員会は(財) 協和協会の方が先行してやっていたので、その部会長や委員長は(財) 協和協会の方で選出することにし、部会員や委員は「時代を刷新する会」の方から選出するのが慣例である。
 この仕組みは成功し、「時代を刷新する会」が創設された昭和56年10月はともかく、翌年から部会・委員会が続々開設されて、8つの部会と5〜6の委員会が活動をはじめ、それら部会・委員会が起案作成した政府宛要請書は、今日までに137本に達し、かなりの成果をあげている。
 ただ、これら部会・委員会は、時勢の動きや熱心な部会長や委員長が出現した時に、大いに盛り上がるが、その部会長・委員長が亡くなったりすると活動しなくなり、そして数年して、また熱心な部会長・委員長が出現すると再び活動が盛んになる、というのが現実である。活動を停止している部会・委員会も、活動している時代に、多くの要請書を起案作成して政府へ提出しているという功績もあるので、いまは活動していなくても、事業報告や事業計画にはその部会・委員会を記録上も載せてあることを、御承知おきいただきたい。



2)設立趣意書全文

設立趣意書

戦後わが国は、物質面・技術面・経済生活面で世界に比類なき発展を遂げた反面、これに、精神面・教育面・人間性に関する面が必ずしも追随していない事実を直視し、これら両面のギャップを調整・是正して、バランスのとれた健全なる社会を実現するため、民主主義自由主義体制を尊重しつつも、憲法をはじめとする法体系、国会や内閣などの政治制度、あるいは経済・外交・教育のあり方など、国家・民族の基本に属する諸問題を見直すことにより、時代を刷新し、精神を作興して、以って、民族の新しい活力を生み出すことを目的とする。広く学者・文化人・企業人、その他有志のご参加を得て、国民的運動を進めていきたい。
  昭和五十六年十月二十一日

時代を刷新する会  

会長 岸 信介  

3)設立申請届出・許可書

設立申請届出・許可書